日本人のモラルの低下
最近、日本人のモラルが低下したとよく言われます。私もそう思います。個人的には、日本がなんとなくアメリカのようになってきたなと感じているのですが、そこには、いい部分もあり、悪い部分もあると思います。
例えば、自分の意見をはっきりと主張する人が増えてきたことについて、昔ながらの日本人の奥ゆかしさが無くなってきたと嘆く人もいれば、国際社会において、そういった日本人の変化は良いことだと評価をする人もいます。
会社においても、年功序列で、長く勤めているというだけで無能な人でも給料が上がっていくという昔ながらのシステムから、最近では、個人の能力によってキチンと査定されるプロ野球のようなシステムを採用する会社が増えてきました。私は後者のほうが好きなのですが、それでは秩序が乱れるという人もいます。
いずれにしても、日本人が少しずつ変わってきているということは事実だと思うのですが、こういった変化が直接モラルの低下につながるとも思えません。では、いったいどういった変化がモラルの低下に関わっているのでしょうか?
いつだったか、本で読んだのか、テレビかなにかで聞いたのかも覚えていないのですが、日本人のモラルが低下している原因として、『公共の絶対的ルールよりも、相対的な個人の欲求を優先するような人が増えてきた』という言葉に、妙に納得したことを覚えています。
日本人の中に、そういった内在的論理を持つ人が増えてきたということであれば、最近の食品偽装問題などもすべて説明がつきます。つまり当事者にしてみれば、「悪い事だけど、ほかの人もやっているから…」という、知性のかけらもない理屈が成り立つわけです。
少し前に、このブログでマンションのペット問題について書きましたが、「マンションで犬を飼ってはいけないということ(公共の絶対的ルール)は知っているが、ほかにも飼っている人がいるのだから、うちが飼ってもいいだろう(相対的な個人の欲求を優先)。」という人がいるわけです。
自分の中に道徳心というものがあるのではなく、相対的な他人との比較によってのみ物事の善悪を判断する、言い換えれば、他人との比較においてでしか善悪の判断をすることが出来ないという人が増えているということです。
私が子供の頃に、イタズラをして先生に叱られると、「ごめんなさい」と言う代わりに「○○ちゃんもやっているよ」という子供が必ずいましたが、それと同じレベルです。これはある意味、幼稚園児以下の大人が増えてきたということではないでしょうか?(笑)
また、「日本人のモラルの低下」について、ヒステリックにそれを指摘し、自分の意見をわめきちらしている人をテレビなどで見かけます。
「昔の日本人はこんなではなかった」とか、「電車の中で化粧をするなんて信じられない」等々。
しかし、そういうことを言う人も、言われる対象となった人(電車の中で化粧をする人など)と同じくらい品性を欠いているように思えてなりません。
彼らの言説はその多くの場合が論理的ではなく、ただのストレス発散をしているようにしか見えないのです。
そも、公共の電波でそういうことを大声で叫んでいること、それ自体が奥ゆかしくないと思えるのですがいかがでしょうか…(笑)。
例えば、自分の意見をはっきりと主張する人が増えてきたことについて、昔ながらの日本人の奥ゆかしさが無くなってきたと嘆く人もいれば、国際社会において、そういった日本人の変化は良いことだと評価をする人もいます。
会社においても、年功序列で、長く勤めているというだけで無能な人でも給料が上がっていくという昔ながらのシステムから、最近では、個人の能力によってキチンと査定されるプロ野球のようなシステムを採用する会社が増えてきました。私は後者のほうが好きなのですが、それでは秩序が乱れるという人もいます。
いずれにしても、日本人が少しずつ変わってきているということは事実だと思うのですが、こういった変化が直接モラルの低下につながるとも思えません。では、いったいどういった変化がモラルの低下に関わっているのでしょうか?
いつだったか、本で読んだのか、テレビかなにかで聞いたのかも覚えていないのですが、日本人のモラルが低下している原因として、『公共の絶対的ルールよりも、相対的な個人の欲求を優先するような人が増えてきた』という言葉に、妙に納得したことを覚えています。
日本人の中に、そういった内在的論理を持つ人が増えてきたということであれば、最近の食品偽装問題などもすべて説明がつきます。つまり当事者にしてみれば、「悪い事だけど、ほかの人もやっているから…」という、知性のかけらもない理屈が成り立つわけです。
少し前に、このブログでマンションのペット問題について書きましたが、「マンションで犬を飼ってはいけないということ(公共の絶対的ルール)は知っているが、ほかにも飼っている人がいるのだから、うちが飼ってもいいだろう(相対的な個人の欲求を優先)。」という人がいるわけです。
自分の中に道徳心というものがあるのではなく、相対的な他人との比較によってのみ物事の善悪を判断する、言い換えれば、他人との比較においてでしか善悪の判断をすることが出来ないという人が増えているということです。
私が子供の頃に、イタズラをして先生に叱られると、「ごめんなさい」と言う代わりに「○○ちゃんもやっているよ」という子供が必ずいましたが、それと同じレベルです。これはある意味、幼稚園児以下の大人が増えてきたということではないでしょうか?(笑)
また、「日本人のモラルの低下」について、ヒステリックにそれを指摘し、自分の意見をわめきちらしている人をテレビなどで見かけます。
「昔の日本人はこんなではなかった」とか、「電車の中で化粧をするなんて信じられない」等々。
しかし、そういうことを言う人も、言われる対象となった人(電車の中で化粧をする人など)と同じくらい品性を欠いているように思えてなりません。
彼らの言説はその多くの場合が論理的ではなく、ただのストレス発散をしているようにしか見えないのです。
そも、公共の電波でそういうことを大声で叫んでいること、それ自体が奥ゆかしくないと思えるのですがいかがでしょうか…(笑)。








